2018年 4月 3日 VOL.102
ヤヌス・カミンスキー(ASC)がスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』をコダック 35mmフィルムで撮影
Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
スティーヴン・スピルバーグ監督の名前が出て来なければ、映画のアワード・シーズンとは言えないでしょう。ヤヌス・カミンスキー(ASC)がコダックの35mmフィルムで撮影したスピルバーグ監督最新作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、間違いなく賞レースの最有力候補です。本作はタイム誌およびアメリカン・フィルム・インスティチュートの2017年の映画トップテンの1作にも選出され、2018年のゴールデングローブ賞では6部門にノミネート、さらにアカデミー賞でも作品賞、およびメリル・ストリープが同主演女優賞にノミネートされました。
リズ・ハンナとジョン・シンガー脚本によるこのドリームワークス作品は、ワシントン・ポスト初の女性発行人であるキャサリン・グラハム(ストリープ)と、ベトナム戦争に関する4政権にわたる政府の隠ぺい(現在は「ペンタゴン・ペーパーズ」として知られています)の掲載という、彼女がたどった1970年初期の道のりに焦点を当てています。
左からメリル・ストリープ、スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
グラハムは、ニューヨーク・タイムズとの競争の中、とめどもなく続く甚大なダメージを与えかねない障害に直面しながら、編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)とワシントン・ポストの報道チームの協力を得て、アメリカの戦争による犠牲についての真実を届けようと奮闘します。
Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
アワード・シーズンの称賛に併せ、会話がけん引するドラマである本作は、ワシントン・ポスト報道室の身震いするようなエネルギーの描写におけるストリープとハンクスの演技や、スピルバーグの精力的な演出、カミンスキーによる1970年代ののぞき見するような感性が称えられ、批評家たちからも高い評価を得ました。
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の主要な撮影は、ニューヨーク州ホワイトプレインズのオフィスビルに2フロアにわたって作られたセットにおいて、2017年5月に開始されました。6月のマンハッタンでの撮影終了前には、ワシントンD.Cの屋外の代用としてホワイトプレインズ近郊でもロケーション撮影が行われました。
カメラを構える撮影監督のヤヌス・カミンスキー(ASC) Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017
「このプロダクションは何もかもが速かったです」とカミンスキーは語ります。「取りかかるのも速く、私の準備期間は8週間だけでしたし、撮影も速く、たった44日でした。それからスティーヴンはポストプロダクション作業を終え、2~3ヶ月という短期間で公開の準備をさせました。迅速であった一方で、私からすれば『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は特に複雑な映画ではなく、私はこの時代の物語を描くために、フィルムの純粋なシンプルさと美しさを求めていたのです」
「ドラマチックでサスペンスに満ちた台本を読んで私が非常に興味を持ったのは、並行して描かれるテーマでした。男性陣の中にいるキャサリン・グラハムという1人の女性、そして、文書の掲載か、ワシントン・ポストと自らの収入を失うリスクかという、彼女が直面する道徳的な葛藤です。政府の機密か公の真実かというのは、現代にも通じるテーマです」
Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
映画の1970年代の設定を視覚化するにあたりカミンスキーは、『パララックス・ビュー』(1974年)と『大統領の陰謀』(1976年)のゴードン・ウィリス(ASC)の象徴的で独特の雰囲気を持つ緊迫したフレーミングに敬意を表しつつ、『フレンチ・コネクション』(1971年)のオーウェン・ロイズマン(ASC)の生々しく都会的な撮影技術に影響を受けたと認めています。
しかしカミンスキーは、忙しく活気に満ち、照明がまぶしい新聞社の事務所で繰り広げられる『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のドラマの大部分で、カメラにいくらかのエネルギーが必要だと早々に理解しました。
「室内で行われる会話がたくさんありましたが、重苦しく退屈となる撮影は避けたいと思いました」と彼は語ります。「なので、照明機材に動きを制限されない環境での機動力のあるカメラを採用することに決めました。スティーヴンは好きな場所で俳優たちに指示を出し、カメラがそれを追いかける、というのが私の計画でした」
左から、トム・ハンクス(ベン・ブラッドリー)、デビッド・クロス(ハワード・サイモンズ)、ジョン・ルー(ジーン・パターソン)、ボブ・オデンカーク(ベン・バグディキアン)、ジェシー・ミューラー(ジュディス・マーティン)、フィリップ・カズノフ(チャルマーズ・ロバーツ) Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
そこでカミンスキーは、昔ながらの天井の蛍光灯の代わりにプログラム可能なLEDを取り付け、それによって天井からアクションを照らすことを考えました。そしてフレームの外の光源からの柔らかい直接的な明かりを少し使って、頭上の照明が出演者の顔に作り出す影を軽減したのです。
「私は通常、天井からではなく、顔と同じ高さから照明を当てますが、この作品の時代設定や空気感には天井からの方が合っていると感じました」とカミンスキーは語ります。「ですが、メリルのキャラクターは決断を下す人物だったので、私はいつも実物よりやや大きく見えるように光を当てました。セットのデザインや衣装、ヘアメイクに加え、この手法によって、1970年代をよりリアルに見せることができ、結果的にどの方向にも簡単にカメラが動けるようになりました」
カミンスキーは『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』で、一見当たり前の選択であるアナモフィックレンズのフレーミングではなく、1.85:1のアスペクト比を選びました。彼の説明によると、「ストーリー自体が壮大だと、ワイドスクリーンは大きすぎます。それ以上大きくする必要はないというのが私の意見でした。私にとって1.85:1はより正直で、親しみやすいフレームとなるのです」
スティーブン・スピルバーグ監督(左)と撮影監督のヤヌス・カミンスキー(ASC) Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
この作品のレンズ選びで、カミンスキーは、パナビジョンが供給するツァイスレンズの昔ながらのセットを選びました。「『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』はある時代設定の映画なので、映像がくっきりしすぎる、またはシャープになりすぎない方が良かったのです。ツァイスのレンズはフィルムと組み合わせることでとても良い、自然な見た目を作ります」
コダックの支持者だと自認するカミンスキーは、25年以上のキャリアで19本のスピルバーグ監督作品を撮影してきました。彼はアカデミー撮影賞に6度ノミネートされ、スピルバーグ監督との最初の作品である『シンドラーのリスト』(1993年)、そして『プライベート・ライアン』(1998年)でオスカーを手にしています。
カミンスキーが『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』で選んだのは2タイプの35mmフィルムでした。ワシントン・ポストの屋内撮影用のコダック VISION3 200T カラーネガティブ フィルム 5213と、それ以外の撮影用の500T 5219です。現像は、オープンしたばかりのコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで行われました。
「コダックの200Tと500Tの相性が良いことを知っていますが、これらを使って異なる美しさを作り出すこともできます。ワシントン・ポストのオフィス内のジャーナリストたちのやや理想化された雰囲気を、過酷で容赦のない外の世界と対比させたいと思いました。オフィスの室内ではより粒子の細かい200Tが私の意図に合っていましたが、500Tは粒子が大きくきめも荒く、もちろん感光度は高めです。私は少し粒子感があるのが好きで、フィルムに撮影された映像を見る時により感情移入できるのです。解像度の高い映像にはいくぶん人工的なところがあり、どうそれを薄めたとしても、フィルムの方が自然に見えます」
撮影監督 ヤヌス・カミンスキー(ASC) Photo Credit: Niko Tavernise. © 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co. LLC. All Rights Reserved.
この点について、カミンスキーはやや辛らつな発言をしています。「解像度の高い映像を納得のいくように見せられる名人も2~3人はいますが、視覚的なストーリーテリングが欠如しています。高解像度の映像を作れるからと言って、ストーリーを語れるということではありません。映画製作には、さらに力を付けて積極的にフィルムを選ぶ他の監督やシネマトグラファーたちが必要なのです。あれほどすばらしい撮影メディアを使わない理由はありません。異なる乳剤を使えば容易に“ルック”(映像の見た目)を変えられるだけでなく、幅広い感情表現を届けることができるのです」
そのいい例として、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』撮影後すぐにカミンスキーは、視覚効果重視のSFスリラー『レディ・プレイヤー1』と、続く19世紀の宗教ドラマ『The Kidnapping of Edgardo Mortara(原題)』でスピルバーグ監督とタッグを組みました。両作の視覚上の設定においても、主要な美的基盤として再び35mmフィルムを使います。
「ストーリーが何を語っていても、フィルムが最高です」とカミンスキーは断言します。「私はフィルムが好きで、フィルムが生産され、現像できる限りはフィルムで撮影を続けるつもりです」
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
2018年3月30日より公開中
原題 : The Post
製作国 : アメリカ
配給 : 東宝東和