2018年 7月 2日 VOL.110
何度見ても面白い!
黒澤明監督の傑作時代劇三作品、『七人の侍』、『用心棒』、『椿三十郎』を最も完全な形で現代に復元する
現在、「午前十時の映画祭9」において4Kレストア(修復、復元)された黒澤明監督の傑作時代劇三作品が、全国58の劇場で7月19日(木)まで順次公開されています。作品の面白さの再発見のみならず、レストアされた映像と音声が今日の大スクリーンで見られることがSNSなどで大きな話題となっています。今回、そのレストアに携わった(株)東京現像所の技術スタッフの方々に完成までの道のりについて伺いました。
『用心棒』(1961年)と『椿三十郎』(1962年)の4Kレストアは2016年の『七人の侍』(1954年)に続くプロジェクトですね。今回のゴールはどこに設定されましたか?
小森勇人氏(アーカイブコーディネーター)
『七人の侍』に続き、当時の初号を一番完全な形で今の時代に再現するというのが目標でした。オリジナルネガを中心にデュープネガなど、あらゆるフィルム素材を集め、最良の素材の選定から始めています。
このことによって欠損していたコマの補完など、過去にリリースされたビデオパッケージではやられていなかったことが出来ました。フィルム素材の世代を同定して最良の素材を見つけることは地味ながら大変な作業でした。
清水俊文氏(アーカイブマネージャー)
欠損コマに関しては、初公開後の破損によるものか演出によって切られたものか、ネガがいつ欠損されたか判定することも課題でした。
黒澤監督はしばしば間がだるい箇所は演出上、画が同ポジションのところでうまくコマを“つまんで”いたりします。今回はそういう解析までしていますので、初公開時に最も近い長さになっています。
今回のレストアではどのようなフィルム素材が使えたのでしょうか?
伊藤岳志氏(フィルムメンテナンス)
『用心棒』と『椿三十郎』のネガ原版はほぼコダックのオリジナルカメラネガだったのですが、何らかの理由で部分的あるいは長い尺でデュープが差し込まれている巻もありました。
その他の素材として2本のマスターポジがあり、その中から初公開当時に近いものを探っていって当てはめていくやり方をとりました。人気作であったため、ネガ原版は非常に使われています。エッジが傷んだり、パーフォレーションが欠けていたり、切れていたり、まずは三連の編集台で転がせる状態まで物理的に修復しました。
それからネガ原版、2本のマスターポジを見比べてどこが欠けていてどこから持ってくるべきかという『地図』を作り、ARRISCANによる本スキャニングに渡すというのが第一段階でした。今回使ったマスターポジ2本はオリジナルネガからのマスターポジ(第二世代)、デュープネガ(第三世代)を経て作られた少なくとも第四世代以降のマスターポジで、残念ながら第二世代、第三世代の素材は発見できませんでした。
ネガ原版を検査する伊藤氏。ここで細かな『地図』が作られる。
スキャニングの後は、いよいよデジタルでのレストアとなるわけですね?
星子駿光氏(カラリスト)
いえ、その前に4Kログでスキャンされたデータに指針となるコントラストを付け、ある程度ならした状態でプレグレーディングをかけます。こうすることでゴミやスクラッチを消す範囲に目安をつけます。
どのくらいプレグレーディングで詰めておくかという頃合いは経験値を積んで上がってきたと思います。『七人の侍』の頃にはほぼこのフローは確立しており、社内で共有されていました。
ネガ原版のスキャニングに使用されたARRISCAN
なるほど。レストアはどのような流れで行われるのですか?
加藤良則氏(レストア)
作品単位で違いますが、チームでの作業となります。パラとか傷以外にも揺れを止めたり、あおりなどの輝度差、ゆがみを直したり、それぞれの役割で分散する、あるいはロールで分散して作業を進めます。
最終的にすべての工程を通ってきたものをチェックしてファイナルグレーディングに渡します。
レストアが終わるまでどのくらいの日数がかかったのでしょうか?
加藤氏: 『用心棒』と『椿三十郎』は2チームで並行して進めましたが、集中してレストアした期間は約二、三ヶ月ほどです。レストアでは最初にログとプレグレーディングされた両方の画像を見て作戦を練る、どこから攻めていけば素直に直せるか作戦の指示を出します。その指示がだんだんノウハウとして蓄積され、効率よく良いものを上げられるようになってきたと思います。
『用心棒』、『椿三十郎』もキャメラマンの方がご存命ではない作品です。画の調子を再現するのにどのようなアプローチをとられましたか?
星子氏: 過去にリリースされたビデオパッケージも参考としましたが、テレシネなどその当時の技術、世代によって特色が変わってきていて絶対にこれという指針となるものはありませんでした。今回の4Kスキャンのログでは大きく画作りも変わってきますので何かしらグレーディングの根幹になるものが必要でした。そこで当時のタイミングデータを引っぱり出してグレーディングソフト上で再現しました。そのままのデータでは暗すぎたり、明るすぎたりばらつきが見られましたのであくまで当時のタイミングの狙いとして参照しつつ、一から作り直していくというやり方をとりました。また、脚本や上映用プリントも保管されていましたので参考にしました。
東京現像所のグレーディングルーム
今回の『用心棒』、『椿三十郎』は音のレストアでも話題となっていますね。
森本桂一朗氏(サウンドコーディネーター)
当時、ワイドスクリーンとともに日本に導入された3チャンネルのモノラルのサウンドトラックを使う疑似ステレオ方式『パースペクタ・ステレオフォニック・サウンド』(以下:パースペクタ)を復元しています。
まず、音のオリジナルネガフィルムから、光学音声トラック用スキャナー『SONDOR RESONANCES(ソンダー・レゾナンス)』でWAVファイルとして取り込み、モノラルのサウンドトラックとしてノイズやスプライス(フィルム接合)の部分をレストアします。
サウンドトラックには低周波で3チャンネルの制御信号も埋め込まれているのですが、実はとてもシビアで、音ネガのスプライスで信号が途切れると音声が無音になってしまうことが判りました。したがって制御信号も綺麗にならす必要がありました。
光学音声トラック用スキャナー『SONDOR RESONANCES(ソンダー・レゾナンス)』
森本氏: 『用心棒』、『椿三十郎』の音声は折角ならパースペクタを再現したいということから始まり、運よく十数年前に復元され、日本で唯一稼働可能な『インテグレーター』を東宝スタジオさんの倉庫で発見しました。『インテグレーター』は埋め込まれた制御信号に合わせてL、センター、Rの音量を操作してくれる、今回の復元にはなくてはならない装置です。時間をかければ同じ機能をソフトウェアで再現することも可能でしょうが、復元という意味では今回の方がオリジナルに近いと言えます。実際に復元してみてセリフの内容に合わせて3チャンネルの音量がかなり細かく制御されていて、当時の作り手がすごく手を入れて作ったものだということが判りました。そのころ磁気の4チャンネルもあったのですが、制作やプリントを作る過程でかなり手間がかかります。当時、パースペクタによるこれまでにはない表現手法が得られつつ、従来のモノラルとしても上映できたことはとても魅力であったと思われます。
パースペクタ方式の3チャンネルの制御信号
今回のレストアにおいてフィルムラボならでの強みとはなんでしょうか?
三木良祐氏(デジタルコンバート)
スキャニングをする立場から言えば、ここ調布に全てが揃っていることが大変心強いのです。ここできちんとフィルムを見てもらえている。
フィルムのクリーニングの機材も全種類揃っているので古いフィルムでも一番きれいな状態でスキャンできる、フィルムに万が一何かあっても修復できる、信頼できるスタッフが同じ建物にいて相談できるというのは大変心強いのです。
伊藤氏: 例えばシネスコやビスタ、スタンダードでスプライス幅を変えなければなりません。昔から使っていて今やラボにしかない機材を残しているというのも強みではないかと思います。
清水氏: アナログとデジタルの設備を兼ね備えていて、クオリティを少しでも上げるために何かあったらすぐ前の工程、さらに元のフィルム素材までに立ち戻れる、これが一つの会社の中で出来るというのが強みではないかと思っています。
最後にこれから三作品をご覧になられる観客の皆さまへメッセージをどうぞ。
加藤氏: 2年前の『七人の侍』は弊社で4Kスキャン、4Kでレストアされた初めての劇作品です。初めてスキャンされたデータを見た時の原版の解像度の凄さ、これが本当に60年前の作品なのかという点でフィルムの凄さには驚かされました。
小森氏: 今回の『用心棒』、『椿三十郎』は第一世代のオリジナルカメラネガを素材として使用しています。また、過去にリリースされたビデオパッケージでは行われなかった欠損部の補完もされ、完尺に近いレストアです。初号に近い体験を是非劇場でお楽しみください。
清水氏: これまでのビデオパッケージでは後年差し替えられた東宝マークが使われています。『用心棒』、『椿三十郎』がアルファベットのTOHO SCOPEの正しいマークで見られるのは初公開以来のことだと思います。また、フィルムの粒子感やアナログ的な音の歪感を残し、DCPでみてもフィルムらしさを失わないような仕上げをしています。
森本氏: 日本で、劇場で見られる形でパースペクタが再現されたのは今回が初めてだと思います。是非その音圧感を劇場で体験していただきたいと思います。
三木氏: 当時の最高技術のマスターであり、4Kの情報量を持つと言われるフィルムと、今日お客様が見る視聴環境がちょうど合ってきたのではないかと思います。当時のオリジナルネガをスキャンしていると画の力を凄く感じます。未だにハリウッドで新作をフィルムで撮っているということは個人的には正解だと思います。将来的に上映の技術が上がったとしても、フィルムをスキャンして仕上げる技術も同時に進歩していきます。最初からデジタルで撮ってしまうとその時点である程度の限界に来てしまいます。海外での65mmでの撮影は非常に素晴らしい試みだと思います。35mmでもフィルムからスキャンして新作を仕上げるという“フィルムで撮る正しさ”は、リマスタリングの仕事をしていて非常に感じることなのです。
本日はどうもありがとうございました。
(インタビュー2018年6月)