2018年 8月 15日 VOL.116
【世界のラボ紹介】
イタリア、ラボラトリオ・リマジネ・リトロヴァータ ― 映画の魔法を守る誠実な仕事
修復と保存技術の専門家になるための知識を学びに、リマジネ・リトロヴァータには世界中から研修生がやって来る。
将来の世代に向けて作品を保存するのは、常に情熱を伴う試みです。映画の魔法を保護することについて言えば、イタリア、ボローニャにあるラボラトリオ・リマジネ・リトロヴァータのダヴィデ・ポッツィとフィルムの修復・保存の専門チームは無双の情熱を注いでいます。
「我々はシネフィル(映画ファン)なのです」と同社のマネージング・ディレクターであるポッツィは断言します。「我々のチームには、私のようにボローニャ大学で映画史を学ぶためにやって来て、そのままここにいる人が多いのです。彼らの映画への愛情は非常に大切で、することすべてに影響を及ぼします。我々は、映画の修復・保存において世界一になりたいと思っており、我々の作業はすべて、オリジナル素材の歴史的価値に対する大いなる敬意を払いながら行われています」
1992年に設立され、名高いチネテカ・ディ・ボローニャのフィルムアーカイブが所有する同社は、文字通り数百もの古典的名作の寿命を延ばしてきました。そこにはリュミエール兄弟が撮影した1895年以降の風景のフッテージや、チャーリー・チャップリンの全作品が含まれ、『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督、イタリア、1948年)、『アタラント号』(ジャン・ヴィゴ監督、フランス、1934年)、『1900年』(ベルナルド・ベルトルッチ監督、イタリア、1976年)、『シラノ・ド・ベルジュラック』(ジャン=ポール・ラプノー監督、フランス、1990年)、『ドライビング Miss デイジー』(ブルース・ベレスフォード監督、アメリカ、1989年)といったクラシック作品まで、枚挙にいとまがないほどです。
修復と保存技術の専門家になるための知識を学びに、リマジネ・リトロヴァータには世界中から研修生がやって来る。
ラボラトリオ・リマジネ・リトロヴァータは約80人を雇用し、年間140作品ほどに取り組んでいます。約60,000作品を所有するチネテカ・ディ・ボローニャのフィルム修復・保存作業に加え、パテ、ゴーモン、スタジオカナル、カンヌ国際映画祭の総代表ティエリー・フラモーが代表を務めるリヨンのリュミエール研究所など、リマジネ・リトロヴァータは、ヨーロッパで老舗の大手制作会社と長きにわたる関係性を保ってきました。また、付き合いの長い顧客のリストには、マーティン・スコセッシのフィルム・ファウンデーションとワールド・シネマ・プロジェクト・ファウンデーションも入っています。
修復と保存技術の専門家になるための知識を学びに、リマジネ・リトロヴァータには世界中から研修生がやって来る。
同社は、パリと香港に支社を開設するほど成功しています。香港では、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジョン・ウー、ホウ・シャオシェン、大きな影響力を持つフィリピンの映画監督リノ・ブロッカなどのアジア映画の古典的名作の修復作業を行ってきました。
「どんな修復作業を行うのにも、ただ注文を受けるだけではありません」とポッツィは言います。「それぞれのクライアントと会話をして、我々が行うことや様々なプロセスの詳細を説明するのに時間をかけます」
ラボラトリオ・リマジネ・リトロヴァータのフィルム修復は、最適な修復ワークフローを決めるために、素材を細部まで調べ、検査することから始められます。作業が終了するまでの期間と、行われる作業内容はすべて文書化されます。
リマジネ・リトロヴァータの技術者たちは、ニトロセルロースとアセテートの様々なフィルム・ストックを修復し、繋ぎ合わせるため、様々な道具と方法を駆使する。
セルロイド(フィルムの意)の修復はたいてい手作業で行われます。ニトロセルロースとアセテートの様々なフィルム・ストックを繋ぎ合わせるのに、同社の技術者たちはハサミ、外科用メス、ピンセット、綿棒、溶剤、専用の粘着テープ、接着剤、ブラシといったあらゆる道具を使います。
リマジネ・リトロヴァータのマシンルームでフィルムのかけ方を学ぶシンガポールからの研修生
近年、リマジネ・リトロヴァータは、消失していたかもしれないフィルムに第二の命を授ける化学的な処置(乾燥、柔軟化、再水洗)に注力してきました。修復されたフィルムには、徹底した超音波クリーニングも施されます。
特殊な化学的処置(乾燥、柔軟化、再水洗)が、消失していたかもしれないフィルムに第二の命を授ける。
デジタル修復では、ARRISCANの技術を使い始めています(必要に応じてウェットゲートを使用)。ARRISCANは、最も繊細でもろいニトロセルロース、ジアセテート、トリアセテートのフィルムもスキャンすることができます。スキャンしたフィルムの修復は手動か自動のどちらかのワークフローで行われ、揺れ止めやフリッカーの除去から、汚れやごみ、傷、テープやスプライス痕の消去、粒子の調整など、広範囲の問題や欠陥を取り扱います。同社内のグレーディング装置は、4Kと2Kのカラコレ機能、字幕機能を備え、DCIにも準拠しています。
リマジネ・リトロヴァータで、手と鼻でフィルムに触れる、ムンバイからの訪問客
「我々は常にクライアントに対して、フィルムでアナログ保存することを提案し、なぜそれが重要であるかを説明します」とポッツィは言います。「根本的に、フィルムの長寿命は全く疑いようが無く、私よりもはるかに長生きします。フィルムが数百年も良好な状態を保てることを知ったクライアントは、ほとんどの場合、我々の提案を受け入れてくれます」
リマジネ・リトロヴァータで、手と鼻でフィルムに触れる、ムンバイからの訪問客
保存作業について言えば、リマジネ・リトロヴァータはARRILASERを2台所有し、普及している様々なアスペクト比で、かつ4Kと2Kの解像度で35mmフィルムにレコーディングすることができます。新しい音ネガの光学録音は、Westrex 35mmで行います。フィルムの現像部門では、35mmのオリジナルネガだけでなく、白黒とカラーの映写用プリントも複製する ことができます。
リマジネ・リトロヴァータで、手と鼻でフィルムに触れる、ムンバイからの訪問客
「デジ タル時代が始まった時、人々は保存用フォーマットとしてのフィルムから距離を置き始めました。ですが今、デジタルは危険を伴う可能性があるということに、多くの人が気づき始めています」とポッツィは言います。「ハードドライブやLTOテープはこの先きちんと読み取れないかも知れませんし、永久に壊れてしまうこともあり得ます。また、今作られているデジタルファイルを読み取るのに、50年から100年後にどんな機器が必要になるか分かりません。一方フィルムは、光源さえあれば良いのです」
同社のサービスのことを世界中に知ってもらうため、リマジネ・リトロヴァータはカンヌやベネチア、ベルリン、ロカルノなどの主要な映画祭を積極的に支援しています。それだけでなく、フィルム保存に対する同社の情熱は、チネテカ・ディ・ボローニャや国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)と連携したトレーニングコースを定期的に企画するほどです。ラボの職員や修復と保存技術の専門家からの指導を学びに、世界中から研修生がやって来ます。これらのコースは、ヨーロッパ・シネマテーク協会(ACE)と欧州連合(EU)のメディア・プラス・プログラムでも奨励されています。
修復と保存技術の専門家になるための知識を学びに、リマジネ・リトロヴァータには世界中から研修生がやって来る。
コダックは6月23日から7月13日にボローニャで開催された2018年FIAFフィルム保存サマースクールを支援しました。 8回目となるスクールの3週間プログラムの構成は、年に一度開催されるボローニャ復元映画祭中に、理論についての座学1週間、世界各国から40人の参加者に向けて行われるリマジネ・リトロヴァータでの実習2週間です。過去7回の映画祭で、サマースクールは65ヶ国から254人の参加者を迎えました。ボローニャ復元映画祭も、修復された古典作品の野外上映を市街地の中心部で行うのが目玉となっており、5000人以上の人々を集めます。
年に一度開催されるボローニャ復元映画祭の目玉となる、修復された古典作品の野外上映は、5000人以上の人々を集める。
「そこには古典映画に対する一般の人たちからの強い興味があり、私は、人々を1つにする映画の力がとても好きなのです」とポッツィは言います。「本編をフィルムで撮影するのはすばらしいことですし、最近はセルロイド(フィルムの意)を採用する映画制作者たちが多くなり、コダックが元気であることを見られてうれしいですね」
年に一度開催されるボローニャ復元映画祭の目玉となる、修復された古典作品の野外上映は、5000人以上の人々を集める。
「ですが、我々にとっては、未来のために作品を保護するのは特別なことです。物語を語るのと同時に、映画は文化や社会史、芸術的試みや創造上の選択の重要な記録であり、これからの世代のためにそれらを保存することは重要なことなのです。間違いなく、アナログフィルムは作品を安全に保つ最良の方法なのです」