2022年 3月 15日 VOL.189
映画『MEMORIA メモリア』― フィルムを通して世界を見るということ
『MEMORIA メモリア』より © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
2002年にある視点部門を受賞した『ブリスフリー・ユアーズ』を皮切りに、カンヌ国際映画祭は一貫してタイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンの作品を高く評価してきました。その監督が『MEMORIA メモリア』の世界初上映のため、カンヌが位置する南フランスのリゾート地、フレンチ・リヴィエラに戻ってきます。本作の主演はティルダ・スウィントンで、コロンビア旅行中に奇妙な音が聞こえ出すという身体現象にとらわれるスコットランド人女性を演じています。ウィーラセタクン監督は記憶というものに魅力を感じており、この最新作は、自身がコロンビアを訪れた際に頭内爆発音症候群という病気を実際に発症したことから着想を得ています。頭内爆発音症候群は深い眠りに入る、もしくは深い眠りから覚める移行時に大きな音が聞こえる睡眠障害です。「フィルムは自分の記憶を置いておく第二の保管場所のようなもので、それは何年にもわたって私がしまっておきたい記憶や幻想を保存したり再現したりするものです」
『MEMORIA メモリア』はアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が初めて母国のタイ以外で撮影した作品です。
『MEMORIA メモリア』はウィーラセタクン監督が初めてタイ以外で撮影した作品です。「私は特定のスタッフや俳優たちとタイで仕事をしてきました。新しい文化と言語に触れることになるので今回の旅はかなり不安だったのですが、スタッフやキャスト、そして天候に恵まれ、結果的にスムーズに制作は進みました」。ウィーラセタクン監督にとってなじみ深い要素もありました。「ずっとラテンアメリカの文化に魅力を感じていましたし、混沌としている点や生命と色彩を内包している点で私が育った場所と重なる部分もあります。ティルダ・スウィントンとは長い付き合いで、一緒に仕事をしたいとずっと思っていました。感覚をオープンにして違いを受け入れられるように、私たち2人共が異国人となる国で撮影するのがいいだろうということになったのです」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督とティルダ・スウィントンは、感覚をオープンにして違いを受け入れられるように、一緒に作る初めての作品はお互いが異国人となる国で撮影することを希望しました。
ウィーラセタクン監督と撮影監督は制作において相互に協力的な関係を築いてきました。「私たちの世代では被写界深度が浅い、広告のスタイルで撮影する撮影監督が多かったので、タイでサヨムプーのような撮影監督を見つけるのはかなり難しいんです。私がフレームの中に映したい構図にはサヨムプーにしか理解できないものがあります。また、自然光や蛍光灯の光に愛着を持っているところも似ています」。視覚的な表現に関しては、大きく2つの参考資料に影響を受けました。「1つ目はサヨムプー・ムックディプロームと私が一緒に手がけてきたこれまでの私自身の映画です。日照時間が変化する作品で、効果を得るために雲をよく見ていました。2つ目は人物のシルエットを映画的かつ神秘的に表現することで有名なコロンピアのアーティスト、エヴァ・アストゥディージョです。エヴァの作品を参照にしたシーンもあります」。また、ウィーラセタクン監督はある特定のアスペクト比を好んでいます。「人は1.85:1の方がよく見えますし、私にとってもその方がより親密な感じがします」
『MEMORIA メモリア』より © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
脚本はコロンビアのロケーションに限定して書かれたものになっており、主要な撮影は40日かけて行われました。撮影監督のサヨムプー・ムックディプロームはこう語っています。「アピチャッポンはロケーションとの繋がりを見つけるのが好きですね。一緒にロケハンをして、そこの雰囲気について話し合いました。静かなところか?誰もいない場所なのか?効果や感情はどんなものか?、、、その後、彼は戻って脚本を書き直します。私たちは書かれた内容に従ってそれを実現するのです」。ウィーラセタクン監督にとってフィルムでの撮影は、ストーリーテリング上自然なことです。「私はスーパー8や16で撮影した実験的な映画から始めました。フィルムは私がどのように世界を見ているかを反映しており、自分はこの粒子感で世界を見ているのだとさえ思っています。フィルムには私が求めている自然な質感があるため、自分の長編作品はどれもフィルムを念頭に置いて制作するようにしています。それに、フィルムの作業の流れも楽しいですしね。その場では見えなくても、想像を働かせてカメラの前にあるものに集中します。初めから一緒に仕事をしてきたサヨムプーなら、私たちが組み立てたものを実現してくれるだろうと信頼しています」
『MEMORIA メモリア』より Photo: Sandro Kopp © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF-Arte and Piano, 2021
パルムドールを受賞した『ブンミおじさんの森』(2010年)はスーパー16でしたが、『MEMORIA メモリア』は35mmで撮影されました。「自然をたくさん撮影するので、より細かい描写が必要でした。その点は16mmよりも35mmの方が向いています」とウィーラセタクン監督は語ります。「フィルムでの制作は儀式に似ていて、映像の貴重さを認識しているので静かに行われるのです」。ムックディプロームはフィルムカメラのファインダーに魅力を感じています。「小さなモニターを見ている時は、それが信号であるため自分と現実の世界との間にフィルターがかかった状態になります。ですが光学ファインダーをのぞいている時は本当にその被写体が見えるのです。本当の光を見ることができます。私もうまく反応できますね。35mmという広さのおかげで、スーパー16に比べてワイドショットがうまく撮れます」。『MEMORIA メモリア』は全編コダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219で撮影されました。「とにかく粒子感が素晴らしいです」とムックディプロームは言います。「(日中の撮影では)絞りを絞らなければなりませんでしたが、これは通常のやり方です。チームのみんながやりやすくなりました」
『MEMORIA メモリア』より © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
映像はアリカム LTカメラ1台とクック S4レンズで撮影されました。「アピチャッポンとの撮影で焦点距離が50mmより長いレンズはほぼ使いません」とムックディプロームは言います。「あの時はLEDライトでうまくいくか自信があまりなかったので、大抵はHMIを使い、たまに20Kのタングステンを使うこともありました。場所ではなく、自分たちの求めるものに合わせて照明をどう操作できるかが重要です。あまり照明機材を使わずに撮影することが多かったので、暗めの照明で撮影する技術ややり方が身につきました。ほとんど照明を使わない場合もありますが、光は存在します。私はショットよりもシーンに光を当てることが多いのですが、そうすると自由に動けますし、カメラやフォーマットによって自分の撮影を変えることもありません。実際の場面設定を行ってから、撮影するのが好きなのです」
撮影監督のサヨムプー・ムックディプロームは実際の場面設定を捉えることを大事にしており、カメラやフォーマットによって自身の撮影方法を変えることはありません。
ストーリーの中では音が重要な役割を果たしています。「劇場での鑑賞を想定して音を作っているので、自分の映画をオンラインで公開するのも望んでいません」とウィーラセタクン監督は言います。「『MEMORIA メモリア』は究極の音の映画です。この女性は自分が耳にしたり目にしたりしたものを歩きながら記録するマイクに近い存在です。こうした雰囲気や豊かな音のすべてに微妙なニュアンスが宿っていて、彼女は爆発音が起こるのを待ち続け、その中で実際の音楽や人の足音に耳を傾けなければなりません。彼女は音に対して非常に敏感になっていき、その過程で他者の記憶を吸い上げていくのです。映画の後半ではこの音の記憶が小さな村のある男とシンクロするという、ややSFのような展開になっていきます」
『MEMORIA メモリア』より © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
重きを置いたのはマスターショットでした。「私にとって大事だったのは視覚的に(音を)強調しようとするのとは逆で、距離を置いてフレーム内の木々やその他のものもキャラクターなのだと観客に意識させることでした」とウィーラセタクン監督は語ります。「観察すること、そしてこの旅がほぼリアルタイムで流れていくことによって不思議な魅力が生まれています。長回しが多いため、大抵は1000フィート巻きを使いました。手持ちで撮影した1ショットが7~8分続いたり、230メートルに及ぶドリーでの長いショットもあります。私はそれぞれのショットでかなり時間をかけて撮影しました。たくさんのエキストラや実際そこにいる人たちと協力し合う必要があったドリーのショットでは1日中その場にいたので、みんなが私たちに慣れてくれました」
『MEMORIA メモリア』より © Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF/Arte and Piano, 2021.
バンコクを拠点に活動する撮影監督のムックディプロームは、数年間離れていた友人や同僚との再会を楽しみました。「アピチャッポンと私は変わっていません。ただ年齢を重ねただけでね!みなさんに映画全体を見てもらいたいです」。自身のこれまでの映画作品と比べて『MEMORIA メモリア』はどう違うのかを尋ねると、ウィーラセタクン監督はこう答えました。「本作は空間と空虚を並置しており、これまで手がけてきた映画の中で最も仏教的な作品です。川辺でのショットは12分間の長回しで、光が行ったり来たりするので一番難しかったですね。いろんなことが起きていますが、結果的に美しい映像になりました。もっと前にこういうことをやっておけば良かったなと思いましたね。素晴らしい体験でした」
2022年3月4日公開
製作年: 2021年
製作国: コロンビア/タイ/フランス/ドイツ/メキシコ/カタール
原 題: MEMORIA
配 給: ファインフィルムズ
公式サイト: http://www.finefilms.co.jp/memoria/