2022年6月 21日 VOL.191
映画『峠 最後のサムライ』
― 撮影 上田正治氏 インタビュー
(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
累計発行部数398万部超の大ベストセラーとして今なお読まれ続けている司馬遼太郎の名著「峠」が、待望の初映画化。監督・脚本は、『影武者』など数々の黒澤明作品に助監督として携わってきた小泉堯史監督。製作には、黒澤組からチームを組むスタッフが集結。撮影は上田正治氏、北澤弘之氏が担当。常時2~3台のカメラをまわすフィルム撮影、全編長岡を中心にした新潟でのロケーション撮影で、戊辰戦争の中でも最も激しかったといわれる北越戦争の大規模な戦闘シーンにも挑む。(公式ホームページより抜粋)
ニッポンが震えた、熱き心。
西軍5万人にたった690人で挑んだ幕末の風雲児、河井継之助、最後の一年。
映画『峠 最後のサムライ』6月17日(金)公開
今号では、上田正治氏にフィルムでの撮影についてや、現場のお話などをお伺いしました。
これまで数々の作品をフィルムで撮影されていますが、デジタル撮影との違いをどう捉えていらっしゃいますか?
上田C: 最近はグレーディングで補正がいくらでも効くし、極端な話、カラーで撮影したものが白黒になる時代です。ただ補正が効くからなんでも良いという話ではない。当たり前ですが、デジタル撮影とフィルム撮影では質が違います。画の質というよりは、その映画に携わっているスタッフに関係している。デジタルの場合はそれこそ何度でも撮影できるし、合成でいらないものは消せば良い。俳優の演技も何カットも撮影して、俳優自身にその演技を現場のモニターで見せたりします。便利だとは思いますが、フィルム撮影の場合はそうはいきません。ワンテイクにかける意気込みも全く違いますし、やり直しが利かない 。デジタル撮影ではごまかしが利きますが、フィルム撮影では無理なことが多い。ワンテイクでOKにするためには入念な準備が必要ですし、その違いは本番前のテストから、現場での演出その他に至るまで、その映画のスタッフの質に繋がっていると思っています。
(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
黒澤映画に繋がる「群衆の中の1つの顔」
映画撮影時に意識されている点があれば教えて下さい。
上田C: 長年の経験の中で、私が映画を撮影する時に思うことは、「群衆の中の1つの顔」です。それを意識して撮影しています。現場にはもちろんモニターなんて置きません。モニターを置くと、スタッフはそのモニターの範囲の中だけを気にしてしまいます。映画は、その外がしっかりしていないと中がいい画にならないと思っています。例えば、群衆の中の1つの顔を撮る場合、黒澤監督はその1人を呼んで個別で撮影するよりも、まさにその群衆を用意して、本当にその中の1人のアップをロングショットで撮るという撮影手法でした。その方が役者は目線も違えば、周りに聞こえてはまずい場合と良い場合とでセリフ回しや演技も変わってきます。最近のテレビの時代劇などは、怒鳴りあっているセリフの演技ばかりのような気がしますが、実際にそんなことをしたら、忍者などの刺客にすぐやられてしまいます。映画を撮るということはいろいろなことを経験してからじゃないと、そういった演出に意識が向かないと思います。
(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
歴史的な現場での撮影とハリウッド映画の伝統的な手法
新潟での撮影を振り返って印象に残っていることはありますか?
上田C: 原作の通り新潟県の長岡を中心とした信濃川など、当時の戊辰戦争での塹壕後や歴史的な背景を持つ実際の現場で撮影しました。当時の戦いに使用していた塹壕後が朝日山という山にあるのですが、当時からそのままで残っていて、その場所で撮影しています。また、信濃川で武士たちが行軍するシーンがあるのですが、原作では夜間の行軍ですが流石に夜にその人数のエキストラの方々を川に入れて撮影するとなると事故でも起きたら大変ですので、それは昼間に撮影しています。いわゆる擬似夜景です。リアリティを追求するなら夜に撮影したかったのですが、問題が起こってしまうと大変なので、ハリウッド映画の伝統的な手法を使用しました。現実的な話をしてしまうと、この話のタイトルの「峠」ですが、実際は当時の峠は人がひとり通れるかどうかの幅しかなかったんです。武士が通るときに、刀の鞘がぶつかったという記述もあるくらいですから、まあ本当の峠で撮影していたらスタッフはみんな谷底に落ちてしまったでしょうね。また、当時は各部屋の真ん中にろうそくの火があって、その中で生活していたということまで想像して撮影しています。経験のある役者はそのろうそくが部屋の中心にあるということをちゃんと意識して演技をしますが、最近の時代劇ではそんなこと考えていないでしょうし、画面が明るすぎる点など、こだわってもしょうがないとは思いますが、時代の流れを感じます。
(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
演出と撮影の連携と、ズームレンズを使用する理由
小泉監督の演出など、現場はどのような様子ですか?
上田C: 小泉監督とは、黒澤明監督の『影武者』(1980年)の助監督だった時からの知り合いで、その後、全ての小泉監督の作品には撮影でご一緒しています。黒澤監督の影響を小泉監督も私も受けて映画製作にこれまで携わってきていると思います。小泉監督の役者への演出は表だって指示をするというものではないです。本番前のテストに入る時点で個別に打ち合わせをしていて、その時点でほぼ演技は完成しているので、現場はスムーズ、本番は一発OKが多いです。黒澤監督も役者への演技指導は一切スタッフに見せなかったので、そういった手法を小泉監督も踏襲しているのだと思います。役者もスタッフが大勢いるなかで一発でOKが出ると気分も良いでしょうし、我々も台本を頭に入れて、ある程度芝居の流れを読んで照明などを決めるので、現場は早いと思います。監督から表だって指示を受けるということはほとんどなく、ある程度固まったテストでの役者の動きを見れば、どう撮っていくかは理解できますし、頭の中で使うカット、使わないカットを想像して編集しながら撮影している感覚です。
Bキャメは北澤弘之氏でした。
上田C: 彼とは具体的にどう撮っていくかという情報は共有していないですが、レンズのミリ数を伝えればどのような画を狙っているかはお互いに理解しています。そのためには台本は頭に入っていないとまずいですし、現場では台本をほとんど開きません。私が現場でズームレンズを使用するのは、良い芝居を撮影するには、極端なことを言えば、ある1点しかないと思っているので、その1点を探しやすいからです。中途半端なレンズだと、キャメラを移動していかないといけないので、複数台でのそういった現場は黒澤映画からの在り方だと思います。
(C)2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
次回作のお話はいかがでしょうか?
上田C: 内々には小泉監督から聞いてはいます。時代劇で昔からやりたかった題材です。ただ私も84歳になりますし、インした場合、現場で動けるかどうか。文字が読めなくなっているかもしれません(笑)。今回の映画の撮影は4年前でしたが、まあ何とかなるかもですね。フィルムで撮影すると思います。
(インタビュー:2022年 5月)
PROFILE
上田 正治
うえだ しょうじ
1956年、東宝撮影所に撮影助手として入社。85年に黒澤明監督『乱』にて、米国アカデミー賞、英国アカデミー賞にて撮影賞にノミネート、全米批評家協会賞、ボストン映画批評家協会賞では受賞。『影武者』(80)以降の全ての黒澤明監督作品で撮影を担当し、小泉堯史監督作品は全作品に参加。『博士の愛した数式』(06)のシラキュース国際映画祭撮影賞など、数々の賞を受賞している
撮影情報 (敬称略)
『峠 最後のサムライ』
監督・脚本: 小泉堯史
撮影 : 上田正治 北澤弘之
チーフ : 坂上宗義 水本洋平
セカンド : 倉田慎也 前田善隆 岡村慶彦 熊谷美央
サード : 印南咲良 高橋チョンティチャ
照明 : 山川英明
カラリスト: 山下 純
キャメラ : ARRICAM ST、ARRICAM LT
レンズ : Angenieux OPTIMO 12×ズーム 、Canon 400mm
フィルム : コダック VISION3 500T 5219、250D 5207
現像 : 東京現像所
機材 : 三和映材社
配給 : 松竹/アスミック・エース
Ⓒ2020「峠 最後のサムライ」製作委員会
公式サイト:https://touge-movie.com/