2022年 9月 9日 VOL.196
映画『さかなのこ』
― 撮影 佐々木靖之氏 インタビュー
Ⓒ2022『さかなのこ』製作委員会
日本中の誰もが知る“さかなクン”の半生を、沖田修一監督が女優ののんを主演に迎えて映画化。さかなクンの自叙伝「さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~」を基に、フィクションを織り交ぜながらユーモアたっぷりに描く映画『さかなのこ』が9月1日からTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開されています。
今号では、撮影を担当された佐々木靖之氏に16mmフィルムでの撮影についてや、現場のお話などをお伺いしました。
映画はフィルムという世代
今回、フィルム撮影を選択いただきありがとうございました。当初からフィルム撮影を考慮されていたのでしょうか?
佐々木C: 私は今40代前半なのですが、学生時代までは映画というものはすべてフィルムで撮影されていて、劇場でプリント上映を観てきた世代です。当時は、ビデオで撮影されたものは映画のメジャーではなくて、どうもその感覚でビデオ撮影というものを捉えてしまっていて、やはり映画というものはフィルムで撮影されてフィルムで観るもの、だという憧れが残っています。そういったことが私の根底にあって、映画を撮影するときにはまずフィルム撮影を選択肢に入れます。今回も35mm撮影を選択肢として予算など色々と考えましたが、最終的に16mmを選択しました。
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この作品に参加されたのはどのようなきっかけでしたか?
佐々木C: 沖田監督とはこの作品が初めてになります。監督も同世代です。東京テアトルのプロデューサーの西ヶ谷寿一氏から監督を紹介して頂いたのがきっかけになります。西ヶ谷さんと私は、岨手由貴子監督の『グッド・ストライプス』(2015)などの作品で何度もお仕事をご一緒させていただいていて、沖田監督と西ヶ谷さんは『南極料理人』(2009)や『横道世之介』(2013)でご一緒されていました。そうした各々のつながりで私を誘っていただきました。
初めての沖田監督作品はいかがでしたか?
佐々木C: 正直にお話しすると、沖田監督は『南極料理人』の芦澤明子氏や『横道世之介』の近藤龍人氏など経験豊かなキャメラマンの方々と一緒に作品を創ってこられたので、イン前は私に撮影が務まるか不安なところもありましたが、実際の現場は大変楽しい現場で、無事に作品も完成して非常に良い経験になったと思います。
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使い慣れたタングステンタイプのVISON3
事前になにかフィルムストックのテストはされましたか?
佐々木C: VISION3 500T 7219 と200T 7213といういつもCMなどで使用しているネガフィルムを使用したので、感度についてのテストはしていません。ワークフローについても、IMAGICAエンタテインメントメディアサービスで現像して、CineVivo®で4Kスキャンといういつもの慣れたフローを採用しています。一部水中撮影のカットがあり、それはデジタルで撮影しているので、その画とフィルムのマッチングのテストは行いました。
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撮影時期とロケーションについて教えてください。
佐々木C: 2021年の5月から6月の撮影で撮影期間は1ヶ月でした。ロケ地は、静岡県の沼津市、千葉県の館山市がメインのロケ地で、他に静岡県の清水市、富士市、神奈川県の綾瀬市、都内でも撮影しています。
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200Tと500Tはどのように使い分けられましたか?
佐々木C: メインは200Tで、夜間は500Tを使用しています。250D 7207 の選択も考慮したのですが、200Tで日中や夕景まで撮影できるので、フィルターワークの煩雑さを避けるためもあり、タングステンのフィルムに統一しました。個人的に、200Tで85番を入れて太陽光で撮影した画が好きだというのも理由です。
沖田監督の演出スタイルで印象に残っている点はありますか?
佐々木C: 撮影現場で一番印象に残っていて、沖田監督が他の監督と違うなと思ったのは、監督ご自身が本当に嬉しそうに役者の演技をずっと観ているという点です。現場で監督が真剣に役者の演技を観るのは当たり前なのですが、沖田監督のように本当に楽しそうに演技を観ている監督は初めてでした。演出は、基本的にはオーソドックスな感じですが、今回の映画はさかなクンの自叙伝を基にしているコメディ映画ですし、女優ののんさんが主演で、劇中にもさかなクンが登場するという不思議な作品です。
初号を拝見して、監督の過去作の『横道世之介』と雰囲気が似ていると感じました。
佐々木C: 『横道世之介』の主人公の世之介と今回のさかなクンが個人的には重なりますし、沖田監督が表現したい世界観をうまく映画の脚本に落とし込んでいる作品だと思います。
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シンプルな撮影を目指す
どのように撮影を進められましたか?
佐々木C: この作品の撮影で意識した点は、芝居をいかに見やすいポジションにカメラを設置して撮影していくかという点です。基本的にその点を大事にして、芝居に従ってカメラを移動させて撮影しました。撮影の技巧的なテクニックを使用したり、撮影部が特に頑張りましたというような撮影はしていなくて、撮影という技術的なパートがいかに目立たないようにシンプルに撮影して、芝居をしている役者を活かすかという点を意識しました。
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機材の選択について教えてください。
佐々木C: カメラは1台で撮影しています。画面アスペクト比は1:1.85のアメリカンビスタで、魚を撮影するのに適したサイズを選択しました。機材は三和映材社からで、ARRI SR3を使用しています。ARRI 416とも悩んだのですが、マガジンの構造が違うので、もし2カメ使用となると、SR3と416の組み合わせは現場が混乱するので、結局1台での撮影にして良かったです。
シンプルになる機材を選択されたということですね。
佐々木C: そうですね。私は、撮影のスタイルとして、凄く良いカットをどんどん撮影していくタイプのカメラマンではないので、今回も全体を通して違和感なくカットが機能していく撮影を意識しました。映画の内容が奇抜だということもあり、撮影はいたってシンプルです。
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照明技師は山本浩資さんですね。
佐々木C: 山本さんの照明は、その場の光をうまく活かして逆らわない照明を創っていく技師の方で、これまでに何度もご一緒しています。私は撮影監督ではないので、照明は基本的に作品毎に技師の方にお任せしています。山本さんの照明は、とても自然で、今回のような自叙伝を基にしたフィクションという、過去に本当にあったかもしれないという事実を基にしたフィクションの作風に非常に合っていて、照明が活きたと思います。
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仕上げではどのような点を意識されましたか?
佐々木C: 現像はすべてノーマル現像です。グレーディングについては、長編を撮影したときに意識しているのは、それぞれのシーンのキャラクターを表現するグレーディングと、全体の構成からバランスを考慮したグレーディングという2つを意識しています。オフライン編集ではそれぞれのシーンのキャラクターの意図に合ったグレーディングで書き出していて、ピクチャーロック後のグレーディングで最終的に全体の構成上の要素を加えていくということです。撮影した段階のラッシュのデータをそのままオフラインに回すのではなく、その時点でシーンの意図を反映した明るさや色の調整をしたものをオフラインに渡しています。
「全体の構成上の要素を加えていく」とはどういうことでしょうか?
佐々木C: 例えば、シリアスなシーンが3つあったとして、それぞれダークなトーンにしてしまうと、全体的な構成として同じようなシーンになってしまうので、それをピクチャーロック後に調整していくということです。劇中に主人公が東京に初めて出て来て釣りをするシーンがあるのですが、私の経験上、冷たい東京というイメージがあったので暗いトーンにしたのですが、沖田監督からそこまで暗くする必要はないという反応だったので、やはり人によってモノのイメージや記憶がそれぞれ違うということを改めて思いました。
フィルム撮影を続けていくこと
フィルム撮影を取り巻く環境について感じられていることをお聞かせください。
佐々木C: 私はフィルム撮影が好きで、できるだけ多くの作品でフィルムを使用していきたいと思っていますが、現実は予算などの都合もありデジタル撮影を選択する場合ももちろんあります。フィルムとデジタルを比べること自体が根本的に違うものなので、あまり意味がないと思っています。フィルム撮影を続けていきたいという前提で関係者などにはデジタルと変わらないで撮影できますという話をしています。デジタルの場合、ベース感度が800で、その点だけが違うという印象です。フィルム撮影の良さはこれまで色々と先人の撮影の方々がおっしゃっていますし、私は単純にもっと気軽にフィルム撮影を選択できればと思っています。助手がいなくても、私一人でもフィルム撮影は可能ですという話をしていますし、そういったスタンスを続けることでフィルム撮影を継続していければと思っています。私たちの世代はまだフィルム撮影になじみがある方の世代だと思いますし、だからこそこれからも続けていきたいと思います。
(インタビュー:2022年 8月)
PROFILE
佐々木 靖之
ささき やすゆき
1980年、宮城県生まれ。東京芸術大学映像研究科卒業。株式会社ピクト(現電通クリエーティブキューブ)撮影部に所属後、独立。2016年『ディストラクション・ベイビーズ』(真利子哲也監督)で第38回ヨコハマ映画祭の撮影賞を受賞。近年の作品に映画『PARKS パークス』(2017、瀬田なつき監督)、『望郷』(2017、菊地健雄監督)、『最低。』(2017、瀬々敬久監督)、『馬の骨』(2018、桐生コウジ監督)、『寝ても覚めても』(2018、濱口竜介監督)、『体操しようよ』(2018、菊地健雄監督)、『ジオラマボーイ・パノラマガール』(2020、瀬田なつき監督)、『ふたつのシルエット』(2020、竹馬靖具監督)、『あのこは貴族』(2021、岨手由貴子監督)などがある。
撮影情報 (敬称略)
『さかなのこ』
監督・脚本: 沖田修一
脚本 : 前田司郎
撮影 : 佐々木靖之
チーフ : 渡邉寿岳
セカンド : 上野陸生
撮影応援 : 下川龍一 村上拓也
照明 : 山本浩資
カラリスト: 石川洋一
キャメラ : ARRI SR3
レンズ : ZEISS T1.3 9.5, 12, 16, 25, 50mm、Canon 8-64mm
フィルム : コダック VISION3 500T 7219、200T 7213
現像 : IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
機材 : 三和映材社
制作 : 東京テアトル ジャンゴフィルム
配給 : 東京テアトル
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公式サイト: https://sakananoko.jp/