2024年 4月 23日 VOL.223
撮影監督 シャビアー・カークナーがコダック 35mmフィルム 3パーフォを駆使して『パスト ライブス/再会』に輝きをもたらす
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』より Images from Jon Pack/Twenty Years Rights/A24 Films Ⓒ Twenty Years Rights LLC.
カリブ海のアンティグア島出身の撮影監督 シャビアー・カークナーがコダック 35mmフィルムで撮影し、光り輝くロマンスに仕上げた『パスト ライブス/再会』は、セリーヌ・ソン監督のデビュー長編映画であり、長らく消息不明だった初恋相手の幼なじみと大人になって再会する物語です。
映画は、ヘソン(テ・ユオ)とノラ(グレタ・リー)、アーサー(ジョン・マガロ)がバーに居合わせ、見知らぬカップルが3人の関係性を当てようとする場面から始まります。その後、舞台は24年前の韓国・ソウルに遡ります。当時、優しい少年ヘソンと冒険好きの少女ナヨンは12歳の同級生でした。2人は互いに惹かれ合いますが、ナヨンが家族とトロントに移住し、その後すぐに名前をノラに変え、幼い2人の連絡は途絶えてしまいます。
12年後、ヘソンは兵役を終え、ノラはニューヨークに引っ越していました。フェイスブックやスカイプのおかげで、彼らはオンラインで再会を果たし、長く遠距離で語り合って深い絆を確認します。しかし、再び連絡が断たれる現実にも直面するのでした。ヘソンは語学留学のため中国に移住し、ノラは作家の合宿プログラムに参加するところでした。ノラは執筆やニューヨークでの生活に集中したいとヘソンに告げ、2人の繋がりは急に途絶えます。
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』より Images from Jon Pack/Twenty Years Rights/A24 Films Ⓒ Twenty Years Rights LLC.
ノラは作家の合宿プログラムでアーサーに出会い、縁(イニョン)という韓国の概念について語ります。2人の人間が人生を通して1本の糸で結ばれていて、誰かに出会うということは、どんなに一瞬であっても前世で出会っているということ、そして恋人となる相手とは何度も繰り返し出会っているという考え方です。
さらに12年後の現在、劇作家となったノラは作家のアーサーと結婚し、ニューヨークで暮らしています。ヘソンとノラはSNSやZoomを通じて再び連絡を取っており、ヘソンがノラに会いに行くことを決め、直接顔を合わせて再会します。2人は幼き日の恋心をよみがえらせるのでしょうか。それとも、ノラはヘソンの思い出の少女にすぎないのでしょうか。
『パスト ライブス/再会』は2023年のサンダンス映画祭で上映され、批評家たちは愛と人間模様を繊細に描いたソン監督のデビュー作を称賛し、カークナーの魅惑的な撮影についても高く評価しました。現在ニューヨーク在住のカークナーは、スティーヴ・マックィーン監督による全5話のアンソロジーシリーズ『スモール・アックス』(2020年)で英国アカデミー賞(BAFTA)を受賞しています。
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』より Images from Jon Pack/Twenty Years Rights/A24 Films Ⓒ Twenty Years Rights LLC.
「初めてセリーヌ監督の物語を読んだ時、私自身が人生で経験してきたことの共通点が多く、総じて人々の人生にうまく共鳴する素晴らしい脚本だと感じました。私の心に深く響き、読み終わった時には激しく心が揺さぶられました。そして、これが私の次のプロジェクトだと瞬時に分かったのです」
ソンはアメリカを拠点に活動する韓国系カナダ人の舞台演出家であり、劇作家です。形態の異なる芸術分野で活躍してきて、これが彼女の映画デビュー作となりました。カークナーは言います。「一度脚本を読んだだけで映画の視覚言語が明確に分かることはほとんどありません。今回もそれは同じでした。しかし、幸運にもセリーヌと十分な時間をかけて準備できたので、シーンごと、ショットごとにストーリーを分解して考えました。私たちなりにコミュニケーションを簡略化するうえでも、この時間は重要でした」
「脚本には絶え間なく続く時間、場所、縁(イニョン)、アイデンティティ、愛、喪失、運命など、感情移入しやすいアイデアが詰まっていました。すべてが視覚的に生命を吹き込むというエキサイティングな挑戦を示すものでした」
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』の撮影監督 シャビアー・カークナー BTS photos by Jon Pack Ⓒ 2021 A24.
「私は、音や音楽は写真よりもはるかに早く感情を伝えられると強く信じています。だから、視覚的な情報について話し合う前に、音とそれが呼び起こす感情という観点から、様々なシーンについて話しました」
「セリーヌがシェアしてくれたプレイリストは、韓国の古典的なラブソングやオーケストラの楽曲、メロディックな曲などが詰まった音の地図のようでした。そのプレイリストのおかげで映画を感情的に理解できましたし、ストーリーの流れや浮き沈みを通じて、観客がどのように感じるか非常に明確になりました。それが明確になった時点で、プロダクション・デザイナーのグレイス・ユンと脚本を検討し、様々な映画を見て、映画の視覚言語について話し始めました」
『そして父になる』(2013年、監督:是枝裕和、撮影監督:瀧本幹也)や『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年、監督:エドワード・ヤン、撮影監督:ヤン・ウェイハン)における愛の扱い方や映画スタイルの簡潔さは、インスピレーションを与えてくれる重要な参考資料になったとカークナーは明かしています。
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』の撮影現場にて BTS photos by Jon Pack Ⓒ 2021 A24.
「『パスト ライブス/再会』の視覚言語を作り上げた背景には、外部の環境を通じて登場人物の内面世界を表現するというアイデアに基づくものがいくつかあります。例えば、建物の反復やカメラワーク、構図など。刻々と変化する光を利用して、時間が止まっているような感覚も与えました。
『パスト ライブス/再会』を35mmフィルムで撮影しようと決めたことについて、時の流れそのものが永遠に感じるような映画を作りたいという思いをソン監督が口にしたとカークナーは言います。
「フィルムには無限を感じさせるものがあり、使い方によって時の流れを捉えることができます」とカークナーは言います。「何度かテスト撮影を行い、セリーヌはすぐに映像の仕上がりに惚れ込み、プロデューサー陣に猛アピールしに行きました。彼女は、舞台での豊富な経験を生かし、作品に取り組みたいと語りました。つまり、俳優たちと何度もリハーサルを繰り返し、できるだけ少ないテイクでアクションを捉えるということです。初めて映画を撮る監督が35mmフィルムの使用を認めてもらうにはプロデューサー陣からの絶大な信頼が必要でしたが、彼女はその信頼を勝ち取りました」
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』の撮影現場にて BTS photos by Jon Pack Ⓒ 2021 A24.
「セリーヌは自らの言葉どおり、どのように演じるべきか俳優たちが理解していることを確認するため彼らと多くの時間を過ごしました。撮影時には、2~3回のテイクで望みどおり撮れているか判断し、最初から最後まで一貫してフィルムを無駄使いしませんでした」
『パスト ライブス/再会』は、2021年の7月から8月にかけて、NYCフェリーやランドマークであるマンハッタン橋の下やたもとなど、ニューヨーク周辺で撮影されました。ヘソンとノラがスカイプやZoomで会話する場面は、ブルックリンにあるグリーンポイント・スタジオにアパートのセットを隣り合わせで作り、同時に撮影しました。その後、韓国ソウルに舞台を移し、10月後半から11月前半にかけて撮影を行いました。
カークナーは、パナビジョン社のミレニアムXL 35mm(3パーフォレーション)カメラに加え、70年代半ばに発売されたウルトラスピード、ウルトラスピードのヴィンテージグラスを組み込んだPヴィンテージのレンズ、他の様々なレンズに途切れなく切り替えられるよう設計されたプリモなど、パナビジョン社の様々な光学機器を撮影に使用しました。また、性能を抑えたプリモの11:1と24-70mmのズームレンズも投入しました。撮影用パッケージを提供したのは、パナビジョン・ニューヨークです。
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』の撮影監督 シャビアー・カークナー BTS photos by Jon Pack Ⓒ 2021 A24.
「ミレニアムXLは映画撮影によく使用されていて、今回もそうなると思っていましたが、狭い空間で撮影する時にはマガジンを上に載せられるので特に気に入っています」とカークナーは言います。
「レンズ選びはカメラワークに関するセリーヌとの会話が決め手となりました。カメラを動かさずに、あるいは認識できないほどの動きで撮影するシーンが多くあるため、動きが著しく欠けているということについても議論しました。こうした話し合いの中で、クローズアップ、ミッドショット、ワイドショットでの焦点距離の違いが一瞬をどのように際立たせるかについて、彼女は驚くほど鋭い目を持っていました」
「そうしたことを念頭に置いて、ソフトな操作に最適と思われたのが焦点距離 32mm、40mm、65mmのレンズでした。3種類のレンズの中には、表情の撮影やクローズアップにより適したものもあれば、ワイドショットをより鮮明に撮影できるものもありました。子供時代のソウルや大人になってからのニューヨークで車に乗るヘソンを撮影する時など、かなりゆっくり寄っていく場面ではズームを使用しました」
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』より Images from Jon Pack/Twenty Years Rights/A24 Films Ⓒ Twenty Years Rights LLC.
カークナーは、コダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219で全ての撮影を行いました。以前、スティーヴ・マックィーン監督の『スモール・アックス』を撮影した時には5話中3話で500Tを使用し、そのうち『マングローブ』と『レッド、ホワイト&ブルー』は5219(35mm)で撮影しました。これは、それぞれの作品全体を通して、質感や見た目の親しみやすさを維持するためです。『パスト ライブス/再会』についても同様でした。
「500T 5219は恐らく私の最もお気に入りのフィルムストックです。晴れやくもりの日の屋外から、異なる色温度が混在する明るい室内や暗い室内まで、昼夜や屋内外の様々な照明条件に対応できる汎用性を備えていて、とても豊かで美しい映像が撮れるので、セリーヌも気に入りました。また、コダックの乳剤は肌の色合いを捉える範囲が広く、微妙な色彩まで表現できます」
「映像の粒状性とコントラストを高め、色彩を深めるため、ほとんどのシーンで1段増感現像しました。しかし、ノラとアーサーがヘソンとの関係についてベッドで話し合っているシーンなどでは、2段増感現像することもありました。基本的に500Tは様々なルックを表現できると信頼していたので、様々な操作を行いました」
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』より Images from Jon Pack/Twenty Years Rights/A24 Films Ⓒ Twenty Years Rights LLC.
フィルムはコダック・フィルム・ラボ・ニューヨークで現像され、テクニカラー・ポストワークスで4Kスキャンとデイリーの作業が行われました。最終のグレーディングはCompany 3でトム・プールが行いました。
撮影中、ダグ・デュラントがカメラオペレーター、第1カメラアシスタントのカリ・ライリーがフォーカスプラーを務め、キーグリップはクリス・キーナン、ガファーはアンドリュー・ハバードが担当しました。
「照明に関しては、できるかぎり自然に保つことが私たちの戦略でした。自然光は常に変化するので、維持するのは必ずしも容易ではありませんが、管理された環境下でそれを再現したかったのです」とカークナーは言います。
セリーヌ・ソン監督作『パスト ライブス/再会』の撮影現場にて BTS photos by Jon Pack Ⓒ 2021 A24.
「可能な場合は、古いアーク灯とHMI、LEDを組み合わせて使い、外から部屋を照らしました。そして、室内ではタングステンの灯具を多用しました。ARRIフレネルやモール・リチャードソン社の650W Tweeniesは無漂白のモスリンに反射させ、光を拡散させました。タングステンは顔や肌に良質な光を届け、深みを与えてくれます」
カークナーは映画を振り返り、「素晴らしい作品で、恐らく私が今まで関わった作品の中でも最高レベルの物語でしたし、それが撮影の裏側にも表れていました。部門のトップもケータリングのスタッフも、すべての人が脚本を読み、何らかの繋がりや共通点を見出していました。私たちもセリーヌや俳優たちと共に心をひとつにして、素晴らしい物語をスクリーンに映し出そうとしたのです。あのような経験を全員で共有できたことは本当に夢のようでしたし、それが仕上がりに表れていると思います」
『パスト ライブス/再会』
(4月5日より全国公開中)
製作年: 2023年
製作国: アメリカ/韓国
原 題: Past Lives
配 給: ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト: https://happinet-phantom.com/pastlives/