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2024年 9月 3日 VOL.232

第58回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭
クリスタル・グローブ・コンペティション部門正式出品

森ガキ侑大監督作品『愛に乱暴』
― 撮影 重森豊太郎
インタビュー

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

女は床下に愛を隠す。

『悪人』『怒り』など人間の複雑な感情とその裏に隠された本質を鋭く炙り出してきた吉田修一の同名小説を、『おじいちゃん、死んじゃったって。』『さんかく窓の外側は夜』の森ガキ侑大監督が映画化。主演は唯一無二の存在感とユニークで高い演技力を持つ江口のりこ。共演には小泉孝太郎、馬場ふみか、風吹ジュンら個性豊かな俳優陣が名を連ね、江口扮する主人公を追い詰めていく。物語に隠されたある仕掛けから、映像化は難しいと思われた原作小説を繊細にアレンジ、フィルムを使って主人公の背後からまとわり付くようなカメラワークで撮影を敢行、息もつかせぬ緊迫感に包まれた見事なヒューマンサスペンスが誕生した。
テアトルシネマグループHPより引用)

 

今号では、撮影を担当された重森豊太郎氏にフィルムでの撮影や現場についてのお話をお伺いしました。

35mmフィルム撮影を選択された理由についてお聞かせください。

 

重森C:これまでに公開されている映画作品は全てフィルムで撮影してきました。直近の作品はデジタル撮影でしたが、それは狙いがあってALEXA65という大判デジタルカメラで撮影したのですが、それ以外は基本、フィルム撮影です。今回も森ガキ侑大監督が当初からフィルムでやりたいと言い続けていた経緯があります。そこに乗っからないといけないですし、実現するにはどうしたらいいのかいろいろと思案しました。スタート時点では35mm撮影の選択しかなかったのですが、その後、製作上の問題もあり、実は資金的にも一度頓挫しかけましたが、2023年の8月ならイン可能だということで、再度それを目指しました。足りない資金などは森ガキ監督自身が出資者を集めてきたりして、読売テレビさんにも協力していただいて実現可能になりました。脚本についても、原作の吉田修一さんにも読んでいただいて、そこで小説と一緒ではなく映画ならではの脚本にしてくださいという話がありました。森ガキ監督は、だったら主役の初瀬桃子、江口さんの視点だけをメインにして、江口さんの代表作になるような作品にということになりました。江口さんの背後からずっと撮影していくという演出プランもそこで生まれました。私も吉田修一さんの原作で素晴らしい映画作品が多いので、どこかでチャンスがあれば撮影したいと思っていました。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

森ガキ侑大監督とご一緒されたきっかけを教えてください。

重森C:よくある話で作品を見ていてとかあるとは思うのですが、この作品でご一緒するきっかけは、あるイベント会場でばったり森ガキ監督と出会ったからです。その前は数回CMの撮影でご一緒はしていましたが、映画を一緒に撮るという感じではなかったので、その会場で偶然出会ったことで、その日の夜に監督に来た新しいNHKのドラマの仕事のオファーをいただいくことになったのがきっかけです。『海の見える理髪店』(2022)という柄本明さんが主演のドラマで8Kで撮影しました。監督もフィルム撮影が好きな方なので、そのドラマでも回想シーンにわざわざ制作陣を一緒に口説いて16mmで一部撮影しています。そのドラマがきっかけで、次は35mmで映画を撮りたいねという話になり今回に繋がっています。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

撮影期間と場所を教えてください。

 

重森C:2023年の夏、8月2日にインして撮影期間は3週間です。ロケ地は神奈川県の綾瀬市です。綾瀬市に舞台となる家をラインプロデューサーの松村龍一氏が見つけてくれました。少しネタばれになりますが、2軒が同じ敷地内にあって庭でつながっていて、地下を掘れて最終的には壊せる家屋なんてリアルになかなか無いですよね。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

リファレンスとされた作品はありましたか?

 

重森C:監督から桃子の視点をメインにワンシーン、ワンカットの演出でという話を聞いたときに、『サウルの息子』(2015)がイメージにありました。監督にもそのイメージがあったのですが、『あのこと』(2022)という60年代中絶が違法だったフランスが舞台で、大学生の主人公が予期せぬ妊娠に狼狽する映画をイメージしていると聞きました。その女性主人公の視点で物語が進んでいく作品で、私も観ていたのですぐに監督の意図している世界観を感じることができました。

監督と事前にどのような打ち合わせをされましたか?

 

重森C:具体的にどう撮影していくかを相談したときに、できるだけ情報量を削ぎ落していく演出の方向で、桃子の視点で見ているものと桃子のアクションを撮影していくということになりました。それこそ、桃子が話している時の相手の返しのリアクションすら撮らないという撮影で、衣装合わせの際に、キャストの方々にそういった方向で撮影していくことを説明しました。小泉孝太郎さんなどは、その方針にいたく面白がってくれて前髪で隠れていて最初は誰かもわからないような画になっていると思います。最初から監督にはそういった演出プランがあって、かなり狙いを研ぎ澄まして現場にきていて、私としてはその狙いを整理してもっと鋭角にしていくにはどうしたらいいかということを考えて撮影していく現場でした。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

現場での撮影はどのように進んでいきましたか?

 

重森C:監督はとにかくテイクを重ねないです。ほぼほぼワンシーン、ワンカット、ワンテイクで進んでいきます。手持ちのカメラで江口さんを後ろから追っていく撮影ですので、カメラを担いでいる私としては、長いシーンをワンカットですので、正直、いろいろなことが起こります。自分の中の不具合とか、フレームはもっとこっちだったかな?などあるのですが、途中で修正ができない、極端に言うと2回撮影ができないという現場でした。カメラもARRICAM STですので、LTと比べると重いので、あの灼熱の夏の現場で走る江口さんを追っかけて撮影するのは骨が折れましたね。途中から監督からの注文であまり揺らさないで撮れませんか?という無理難題もありましたが、STABILのG3というスタビライザーを使用してうまくいきました。でもそのスタビライザーも大きいので、狭い場所の撮影だと使えない。結局、また担いで撮影しました。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

穴の中の撮影もありましたよね?

重森C:穴の中の撮影は一番こだわったシーンのひとつです。この映画であのシーンがキービジュアルになると思っていましたし、普通のドラマ撮影にはないと思います。主演の江口さんが汗だくで穴に入って床下を這いずり回っているなんて、これ凄い画が撮れているなと感じていました。家の廊下のシーンも狭いのですが、江口さんが芝居で移動して回って来るシーンなどワンカットでいけるかなということが多々あるんです。実は、カメラがSTだから良かったのかもしれないです。廊下とかは STのマガジンを上に付けてなるべくコンパクトにして撮影しました。床下は マガジンを後ろに付けてなるべく頭が大きくならないように工夫していました。あとカメラからファインダーを全部外したんです。それで大分軽くなりました。追っかけて撮影しているので、ファインダーを覗いてられないので、SD出力のビジコンをガイドにして、それを見ながら撮影していきました。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

照明の中須岳士氏とは現場でどのようなお話をしていましたか?

重森C:ほぼワンシーン、ワンカットの現場なので監督の演出も特殊ですし、撮影前に演者の動きとカメラの移動する位置などを都度確認しながら撮影を進めていきました。照明の中須さんとは、もう何作品もご一緒していて言わずもがなの関係なのですが、今回はワンカットなので演者の芝居を追っていくと、ぐるっと回ってしまうシーンが多いので照明がどうしてもバレてしまうのが一番大変でした。ほとんど物理的に照明が入れないシーンが多いので、ベースの光がないので画がどうしても硬くなってきてしまって、照明も建物の外から入れたり、うまくバレないように天井などに設置したりと工夫してもらいました。夏の光がやはり硬いので照明で調整して柔らかくしたいシーンもあったのですが、風吹ジュンさんと江口さんが庭で野良猫の粗相について話すシーンでは、どうしても照明が無理でした。夏の光が主演の江口さんにもろにあたっていて、女優なのに前髪の影で顔が良く見えなくなりました。しかし、逆にそのシーンはそのまま撮っていった方が脚本にマッチするなと思ったので、変な画だなと思いながらも、楽しんで振り切って撮っていきました。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

フィルムはVISION3 500T 5219のワンタイプのみでした。

重森C:起動力を確保するために、1000ftではなく全て400ftを使用しました。500T 5219は使い続けてきたフィルムタイプだという点と、作品全体に漂う雰囲気に一貫性を確保するためにワンタイプに決めました。また、脚本から少しザラついたルックで、主役の桃子のざわざわした心情を視覚的に表現しようと思った点や、500Tはダイナミックレンジが広くてとにかく美しい人肌の描写が可能なので、粒状性のある画の中での女性の美しさを撮りたいと思ったからです。予算の制限がある中で室内撮影やナイター撮影が多かったため、ライトの量や準備時間に制作サイドから懸念を持たれないように高感度で撮影する必要もありました。高感度ですが倍増感くらいは問題ないことを説明し、ワンタイプ撮影で、かつなるべく自然光のプラクティカルライティングで撮影することで、ロケセットでのリアルな桃子の生活感を視覚的に見せられることになると思いました。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

撮影機材、レンズの種類、またアスペクト比はどのように決められましたか?

 

重森C:カメラ機材とレンズは、SPICEの三浦徹氏からほとんど協力という形でお借りしました。潤沢な予算があったわけではないので、機材とレンズをどうするか各社に相談していた時に、SPICEさんが、35mmのARRICAM STとHAWKアナモフィックレンズで実績のあるVantage Film社が開発し、以前から使用したかったVANTAGE one T1というレンズのフルセットを持たれていて、SPICEさんも映画作品の実績がほしいということで相談に乗ってもらいました。VANTAGE one T1は、開放絞り値T1.0の非常に明るいスーパー35mm単焦点レンズです。浅い被写界深度がもたらす独特なボケ味と柔らかなコントラストで特徴ある美しい質感の映像表現が可能です。カメラテストでは開放値と深度でどの辺りが最適なのかを探りました。この人気のあるレンズをこの作品の期間中レンタルさせていただいたことは三浦さんに感謝しかないです。アスペクト比は4:3のスタンダードです。35mm撮影で、VANTAGE one T1でスタンダードの映画なんてここ20年みてもこの作品だけだと思います。私のフィルム撮影で本物のスタンダードの日本映画をまずやってみようという、最近では誰もやったことがないことをしたかったという想いと、監督が求めた今回の映画の世界観とがうまくマッチして実現できたと思います。

Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

仕上げのワークフローについて教えて下さい。

重森C:現像はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで、基本はノーマル現像、ナイターオープンのシーンは少しだけですが倍増感です。35mmのネガからのダイレクトスキャンでScanStationで4Kスキャンしています。ScanStationを選択した理由は、Cine Vivo®では以前の作品で使用していて画の感じがわかっていたので、違うスキャンで35mmの画を観てみたかったという興味からです。ScanStationも、フィルムらしさが失われないでちゃんと画に残っている印象でしたが、思った以上に色味が強い感じがあってビビッドでした。テストの画だと特に青やグリーンが強めに出るなという印象で、グレーディングで気になったら引くかなど、いろいろその辺も考えつつ、夏の暑苦しさとか変にじとっとした湿度感とかぬめり感など、そういう質感が画から出てきた方がいいんじゃないかと思って決めました。

グレーディングはどのように進めていかれましたか?

重森C:カラリストは長谷川将広氏にお願いしています。SPICEにあるResolveでマスモニの画をちょこちょこ仕込ませてもらって、最終的にIMAGICAエンタテインメントメディアサービスでグレーディングしています。映写でのグレーディングは3日ぐらいで仕上げました。現場の硬い光の画であがってくるのでそれを多少柔らかい感じにしたり、色味の調整などをしていました。全体的に意識した点は、あまりスタイリッシュになり過ぎない画を意識しました。微妙なところなんですが、色味を引いて落ち着いた感じの画にするのではなく、どちらかというと夏の暑苦しい感じや違和感のあるビビッドな色味が出る感じを目指しました。仕上がりには監督も非常に満足してもらっていて、チェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のコンペに出品が決定した際も、やはりフィルムには力がありますねという感想をいただきました。

 

フィルムで撮影して良かった点を教えてください。

重森C:全てですね。私は役者がしてくれる演技というのは1回しかないと思って撮影しています。撮影部としてはその1回を一番質の良いもので世に出してあげたいと思って撮影しています。予算など様々な制約があり、撮影部としてもいろいろ無理をしていって、その1回を撮影していくのですが、フィルム撮影で得られる結果以上のものはないと思っています。今回は、主演の江口のりこさんの代表作になれば良いなと思って作品に臨みましたし、そうするためにはどうすれば良いかを選択した結果がフィルム撮影であり、撮影を任された者としては自分なりの回答ができたと思っています。今後についても、夢としてはやはり65mmのフィルム撮影で70mmのプリントで上映ができるような作品が日本映画でも出てくればと思っています。

(インタビュー:2024年7月)

 PROFILE  

重森豊太郎

しげもり とよたろう

東京都渋谷区生まれ。2009年公開の豊田利晃監督『蘇りの血』で長編映画デビュー。以降、豊田利晃監督『モンスターズクラブ』(2011)、『I’M FLASH!』(2012)、また関根光才監督の『生きてるだけで、愛。』(2018)で日本映画撮影監督協会の三浦賞を受賞。西谷弘監督『マチネの終わりに』(2019)ではパリ、ニューヨーク、東京と3カ国を跨いでのフィルム撮影を敢行。劇場用映画以外、MV、CMなど多数。KDDIのau三太郎シリーズでACCクラフトカメラマン賞。連続ドラマでは大根仁監督「エルピス〜希望、あるいは災い〜」(2022/関西テレビ)でギャラクシー賞テレビ部門大賞などがある。

 撮影情報  (敬称略)

『愛に乱暴』

監督   : 森ガキ侑大
撮影   : 重森豊太郎(JSC)
チーフ  : 大内歩 
セカンド : 木村俊紀
照明   : 中須岳士(JSL)
カラリスト: 長谷川将広
キャメラ : ARRICAM ST
レンズ  : VANTAGE one T1

機材協力 : SPICE
フィルム : コダック VISION3 500T 5219
現像・スキャン: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

配給・制作: 東京テアトル
制作プロダクション: ドラゴンロケット
公式サイト:
https://ainiranbou.com/
Ⓒ 「愛に乱暴」製作委員会

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