
2025年 3月 3日 VOL.241
撮影監督のロル・クロウリーが、35mm 8パーフォレーションのビスタビジョンを駆使して、ブラディ・コーベット監督の『ブルータリスト』を撮影

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
イギリス出身のロル・クロウリー撮影監督(BSC)がコダックの35mmフィルムで撮影した『ブルータリスト』は、ドラマチックなインパクトをもたらすために主にビスタビジョンで撮影されました。ブラディ・コーベット監督による本作は、製作費を1000万ドル未満に抑えながらも、2025年の映画賞シーズンの最有力候補とされています。
ホロコーストを生き延び、戦後のヨーロッパを逃れたラースロー・トートがこの映画の主人公です。彼は進取の気性に富むハンガリー生まれのユダヤ人建築家で、人生とキャリアの再起を図り、結婚生活を取り戻すために渡米します。単身で見知らぬ国へ乗り込み、ペンシルベニアに移住した彼は、アメリカンドリームを実現しようと苦闘に耐えていました。そんな中、ラースローの能力を見抜いた著名な実業家が、壮大なプロジェクトへの挑戦状を彼に突き付けます。それはヴァン・ビューレン・インスティテュートという、モダニズムの記念碑的な巨大建築プロジェクトで、図書館、劇場、体育館、そして地元自治体の強い要望に応じたキリスト教の礼拝堂をも備えたコミュニティセンターを造るというものでした。
3幕からなる『ブルータリスト』の上映時間は15分の休憩を挟んで215分と長尺で、映画館で鑑賞する観客にとっては約4時間にわたる映画体験となります。コーベット監督とモナ・ファストヴォールドが共同で執筆した脚本をもとに監督・製作された本作は、主人公ラースロー・トート役をエイドリアン・ブロディ、ラースローの妻エルジェーベト役をフェリシティ・ジョーンズ、そしてラースローの富裕な顧客であるハリソン・リー・ヴァン・ビューレン役をガイ・ピアースが演じています。

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
本作は2024年ヴェネチア国際映画祭で世界初上映され、コンペティション部門でコーベットは銀獅子賞(監督賞)を受賞。映画評論家からは、非常に魅力的な大作であると同時に、アメリカにおける移民の体験を思慮深く考察していると絶賛されました。2025年度ゴールデングローブ賞においては作品賞(ドラマ部門)、監督賞、そして主演男優賞(ドラマ部門)を受賞。さらにBAFTA(英国アカデミー賞:2月16日受賞)、BSC(英国撮影監督協会賞:2月2日受賞)、そしてOSCARS®(アカデミー賞)でクロウリーが撮影賞にノミネートされ、本作は他の多くの主要部門にもノミネートされています。
クロウリーにとって『ブルータリスト』は、コーベット監督と3作目の協業となる長編映画です。2人はこれまで歴史ドラマ『シークレット・オブ・モンスター』(2015)とミュージカル映画『ポップスター』(2018)を手掛けていて、これら2作品ともコダックの35mmフィルムで撮影しました。
「ブラディが『ブルータリスト』のことを私に話してくれたのは『ポップスター』を撮り終えた日でした。場所はニューヨーク州北部のアップステイトにあるショッピングモールの駐車場でしたね」とクロウリーは明かします。「私にブルータリズム建築の本をくれて、“これが次の作品になるよ”と言ったのです」

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
「彼が脚本を送ってきたのはそれから数ヵ月経ってからです。私は、この作品が移民の複雑な体験、すなわち、同化、反ユダヤ主義、外国人嫌悪について物語るものであり、建築がそれを表すのにふさわしいメタファーとなることを悟りました。ブラディはいつも彼の作品について興味深い論点を挙げ、その後飲みながら夢中で話し合うことになるのですが、この時もそうでした」
「本作は、1950年代、60年代、70年代、80年代と、ラースローの人生をまたぐ長い時間枠を描き、ブラディが言うところの “過去の存在”を探っていきます。ブラディは視覚的観点からこの映画に記録映像のクオリティ、つまり過ぎ去った時代の感触を持たせたいと考えていて、その真意を詳しく説明するために“パッチワーク(寄せ集め)”という言葉を使いました」
コーベットから提供されたブルータリズム建築の参考資料を探求することに加え、アメリカ人写真家ソール・ライターのスチール写真もまた、この映画のルックを過去にさかのぼらせるためのインスピレーションになった、とクロウリーは語ります。また、このタイムトラベルには、プロダクション・デザイナーのジュディ・ベッカー、セット・デコレーターのパトリシア・クッチャ、コスチューム・デザイナーのケイト・フォーブスが多大なる貢献をしたことも述べています。さらに、アンドリュー・ワイエスやエドワード・ホッパーといったモダニズムの画家たちも意識したと言います。

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』の撮影監督 ロル・クロウリー Image courtesy of A24
『ブルータリスト』の撮影は当初、2020年に開始予定とされていましたが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックに加え、キャストやスタッフの事情による遅れが生じ延期されました。クロウリーは6週間の準備期間を経て、2023年3月にハンガリーのブダペスト周辺で主要なシーンの撮影を開始しました。次にイタリアのカラーラに移動してコルソ・ロッセーリにあるリアッチ食料品店、ベットグリとボンバルダ採石場などで撮影を行いました。その後、小規模なカメラ部隊がニューヨークに派遣され、リバーサイドとマンハッタンの外観、さらに映画の冒頭を飾る自由の女神像の撮影を行いました。クロウリーにとって、2023年5月初旬に製作が完了するまでの34日間はあっという間だったと言います。
ビスタビジョンでの撮影を選んだ理由について、クロウリーはこう語ります。「ブラディは非常に視覚的なストーリーテラーであり、たびたび壮大なアイデアを思いつくので、絶えず意見を交換しながら、そのアイデアは私の責任にもなり、発展させていく機会となっていました」
「ビスタビジョンに関しては、その名前自体(ビスタ=眺望)にヒントがあります。私たちはイタリアにある採石場の壮大な風景を見にいきました。ローマ時代以降、そこでは崖の表面から巨大な大理石の塊が削り出され、山中には坑道が掘削されています。ビスタビジョンで撮るアイデアを最初に思いついたのは、まさにその場所でした」

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
「当初は、採石場や造船所のような大きな風景を撮影するためだけにビスタビジョンのフォーマットを使うつもりでした。ところが、映像があまりに素晴らしいので、結局、クローズアップ、屋内、屋外と、作品のほとんどをビスタビジョンで撮影することになりました。また、重要な時代を再現するには、当時開発されていたものと同じ技術を使って撮影するのが最善策だと、私たちには思えたのです」
ビスタビジョンカメラでは、35mmフィルムがフィルムゲートに対して垂直ではなく水平方向に引っ張られ、フレーム幅は8パーフォレーションとなります。『ホワイト・クリスマス』(1954)はビスタビジョン方式を採用した最初のパラマウント映画で、他にアルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958)などがあります。
より粒子の細かいフィルムが市場に出回るにつれて、ビスタビジョンは使われなくなりました。ところが最近では、『ブルータリスト』に続き、2025年夏公開予定のポール・トーマス・アンダーソン監督作品、『The Battle of Baktan Cross』などにおいても、このフォーマットが復活しています。

ブダペストでの撮影現場にて、『ブルータリスト』のブラディ・コーベット監督 Image courtesy of A24
『ブルータリスト』では、8パーフォレーション、ビスタビジョンでデイリーがスキャンされ、上映用に70mmでフィルムプリントを作る意図がありました。70mmプリントの1コマはビスタビジョンと同じ画像の高さなので、ビスタビジョンフレームの本来のサイズを見せるのに最も実用的なフォーマットです。
撮影メディアとしてフィルムを選んだことに迷いはなかったとクロウリーは説明します。
「ブラディはフィルムを愛し、称えたいと願っている監督です。彼と初めて組む以前からすでに、彼の映画はフィルムで撮ることが決まっていました。フィルムが醸し出すルックが、ストーリーを伝えるのに適しているということが主な理由です。この作品で彼は、ビスタビジョンフォーマット、70mmフィルムプリント、上映時間、そして休憩時間さえもが、観客に異なる映画体験を提供することになると明確に意識していました」
ビスタビジョンカメラと付随するライカSレンズはCamera Revolution社からレンタルされ、ロンドンのMovietech社(現在はSunbelt Rentals社の一部)のエンジニアチームによって撮影準備が行われました。クロウリーはブダペストのVision Team (現Vantage Vision社)と協力し、ARRICAM STとLT 35mmカメラ、そしていくつかの手持ち撮影シーン用に小型で軽量のARRIFLEX 235 35mmフィルムカメラもレンタルし、それらすべてにCooke S4レンズを使用しました。ドキュメンタリー形式のシーンにはARRIFLEX 416 16mmカメラにツァイスのスーパースピードレンズが使用され、テレビ映像のシーンにはデジタルベータカムが使用されました。

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
ジャズクラブでのシーンや、ラースローとエルジェーベトの親密なシーンのために、クロウリーはロンドンのDunton Cine社のレスター・ダントンの腕と専門知識も確保しました。ダントンは、タイミングをずらしてシャッターを切れる、特別に改造したARRIFLEX 435 35mmカメラをセットに持ち込み、画像内に光の筋を入れる効果を生み出しました。
「Movietech社のチームは非常に協力的で、ビスタビジョンカメラをスムーズに使えるようにするため、素晴らしい仕事をしてくれました。新しい部品を作り、電子機器をアップデートし、レンズが狙いどおりに機能するよう点検してくれました。カメラの操作に精通した地元の技術者、バーリント・セレスとアッティラ・アゴストンにサポートしてもらったおかげで、撮影中、カメラは完璧に作動しました」
この作品でクロウリーは、コダック VISION3 250D カラーネガティブフィル 5207/7207と500T 5219/7219の35mmと16mmを使用しました。「私の定番のフィルムストックです。もし明日の朝一番に急な撮影が入ったとすれば、私はこれらのフィルムを選びます。粒子の存在が画像に良い質感をもたらしてくれるからです。『ブルータリスト』でも、250Dと500Tがあれば、日中、夜間の室内、屋外のすべてを撮影できると確信していました」

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
「デジタルで撮影すると、衣装やセットのデザイン、またメイクアップなどのディテールが見えすぎてしまう可能性が高いのです。フィルムの解像度は技術的に非常に高いのですが、画像をあいまいにするからこそ引き立つ美しさもあります。ただ文字通りに表現するというよりも、その時代特有の印象を強く与えてくれるのです」
こう話しつつも、クロウリーは慎重に付け加えました。「この作品においては、ビスタビジョンの解像度が並外れて高いため、撮影された映像があまりにもクリーンで非の打ち所がなく見えてしまい、観客を作品から遠ざけてしまう危険を冒していました」
「ですから、ビスタビジョンの映像にフィルムの質感を持たせるため、映像を少し粗くする必要があると感じました。また私は照明に関してかなり自然主義的な作業をする傾向があるので、どうしても低照度な状態になってしまうのです。これに対処するため、ラボで1段か1段半の増感現像を行い、フィルムに多少の負荷をかけました。いくつかの日中のシーンも増感しました。ラボから戻ってきたデイリーを見た時、そのあまりに印象的な仕上がりに度肝を抜かれました」

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
フィルム現像と4Kスキャニングはブダペストのハンガリアン・フィルムラボで行われ、デイリーと最終的なDIグレーディングはブダペストのポストプロダクションで働くフリーランスのカラリスト、マテ・ターニックが管理しました。
クロウリーは自身について、照明そのものよりフレーミングやカメラの動きにこだわる撮影監督だと述べます。ラースローが船底で何とか耐えしのぐ冒頭の長尺のシーンや、従兄弟のアッティラとその妻オードリーと共にパーティーで酔っぱらうシーン、さらにヴァン・ビューレンがシャベルで石炭をすくっているラースローを見つける瞬間のシーンは、すべて手持ちカメラで操作することを選択しました。
「私は常に自然主義に惹かれ、空間の生かしたい部分に応じた照明を当てる傾向があるので、特定の照明スタイルを押し付けることはしません。そのおかげで、登場人物とまさに繋がっているようにカメラを動かすことができました。ロビー・ライアン(BSC ISC)のような撮影監督は、その手法で素晴らしい効果を発揮していますし、撮影監督として、俳優に合わせてカメラを操作し、彼らに呼応することは、まさにすばらしい特権なのです」

ブラディ・コーベット監督作『ブルータリスト』より Image courtesy of A24
より複雑なシーン、たとえばエルジェーベトがヴァン・ビューレンの自宅で行われたディナーパーティーで彼に激しく責め寄る長いワンテイクの撮影などでは、クロウリーはハンガリーのステディカム・オペレーターであるアッティラ・フェファーにカメラを託しました。
「ブラディは非常に実用主義で、カバレッジを多く撮影しません。作品の重要な場面となることが多い長いテイクにおいては特に、カメラの配置によってそのシーンのストーリーを語ることを好みました」
「ヴァン・ビューレン宅でのシーンは、実質的には360度撮影が行われました。そのシーンの始まりは穏やかですが、最終的にエルジェーベトが暴力的に追い出されるという混乱の中で終わります。ブラディはこのシーンで、カメラにフローティングから手持ち撮影、そしてまたフローティングへと、テイクの間にさまざまな撮影モードを行き来するような感覚を持たせたいと考えました。アッティラは全テイクにおいてステディカムを使用しましたが、まるで手持ちカメラのように操作する技を持っていました。彼にとってステディカムを自分で動かすことや照明を映さないように撮影することは大変なチャレンジとなりましたが、隠せるものは隠しながら行い、結果的に非常にうまくいきました」
クロウリーはこう締めくくります。「ブラディはとても親切で、今や親しい友人となりました。監督として非常に信頼でき、パートナーとして望まれるものを全て備えた人物です。その影響もあって、クルーもキャストもひとつの大きな家族になりました。少し陳腐に聞こえるかもしれませんが、家を離れているときにはこれが大きな違いを生むのです。おかげでこの映画を無駄のないやり方で撮影することができ、結果的に少ない予算で驚くような成果を上げることができました」
『ブルータリスト』
(2月21日より全国公開中)
製作年: 2024年
製作国: アメリカ/イギリス/ハンガリー
原 題: The Brutalist
配 給: パルコ/ユニバーサル映画
公式サイト: https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist